神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)125号 判決 1985年1月22日
甲事件原告
宮下芳春
乙事件原告
田中友三郎
右両名訴訟代理人
天野泰文
甲乙両事件被告
株式会社山陽カンツリー倶楽部
右代表者
藤井邦彦
右訴訟代理人
清木尚芳
射手矢好雄
主文
甲事件原告及び乙事件原告の各請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は右両原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 甲乙両事件各原告(以下、両名を包括して呼称するときは単に「原告ら」という。)が、それぞれ、甲乙両事件被告(以下単に「被告」という。)のゴルフ会員であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、いわゆる預託金会員制のゴルフ場を経営する会社であり、「山陽カンツリー倶楽部」と称するいわゆるゴルフクラブ(以下「本件クラブ」という。)を経営している。
2(一) 甲事件原告は、昭和四二年三月一二日、被告との間で、本件クラブにつき、入会金三〇万円を預託して、いわゆるゴルフクラブに入会契約を締結した。
しかるに、被告は、昭和五八年一月二日付で、甲事件原告に対し、本件クラブ会員資格喪失(除名)処分の通知(すなわち、右入会契約を解除する旨の意思表示)をして、同原告の右会員資格を争つている。
(二) 乙事件原告は、昭和四三年九月二一日、被告との間で、本件クラブにつき、入会金三五万円を預託して、いわゆるゴルフクラブ入会契約を締結した。
しかるに、被告は、昭和五八年一月二日付で、乙事件原告に対し、本件クラブ会員資格喪失(除名)処分の通知(すなわち、右入会契約を解除する旨の意思表示)をして、同原告の右会員資格を争つている。
3 よつて、原告らは、それぞれ、被告のゴルフ会員であることの確認を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1及び2の各事実はいずれも認める。
三 抗弁
1 前記各入会契約(以下「本件各入会契約」という。)に際しては、原告らは、被告から交付された山陽カンツリー倶楽部規約(以下「規約」という。)を承認して契約締結をしているところ、右規約中には、会員は被告に対して所定の会費を納入すべく、これを一八か月分以上引続き滞納したときは、被告において除名することができる旨の定めがある。
なお、右会費については、毎年一二月末日限り翌年度分を先払いするとの運用がなされて来ており、原告らも右支払方法を黙示に承諾していた。
2 被告は、甲事件原告に対し、昭和五五年一二月三日、昭和五六年二月二〇日、同年五月下旬ころ、同年七月初旬ころ及び同年一〇月中旬ころにそれぞれ昭和五六年度分の会費(一万八〇〇〇円)の支払を催告し、さらに、同年一二月一〇日ころ、昭和五七年二月二〇日ころ、同年七月一〇日ころ及び同年九月下旬ころにそれぞれ昭和五六、五七年度分の会費(計三万六〇〇〇円)の支払を催告したが、同原告はこれに応じなかつた。
3 被告は、乙事件原告に対し、昭和五四年度から昭和五七年度までの会費(計七万二〇〇〇円)につき、右同様に再三の催告をしたが、同原告もこれに応じなかつた。
4 そこで、被告は、原告らに対し、それぞれ、前記のとおり資格喪失(除名)処分の通知(本件各入会契約解除の意思表示)をした。
四 抗弁に対する認否及び原告らの主張
1 抗弁1のうち、本件各入会契約に際して被告から各原告に対して交付された「規約」中に、被告主張のような定めがあることは認める。
2 (甲事件原告)
抗弁2のうち、一年度分の会費が一万八〇〇〇円であつたこと及び甲事件原告が昭和五六、五七年度分の会費を支払わなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。
3 (乙事件原告)
抗弁3のうち、一年度分の会費が一万八〇〇〇円であつたこと及び乙事件原告が昭和五四年度から昭和五七年度までの会費を支払わなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。
4 抗弁4の事実は認める。
5 仮に、被告主張のような会費支払の催告をしたとしても、単にそれだけでは、本件のような除名(解除)という重大処分をするにつき相当の手続を尽したものとはいえず、被告としては、右催告にあたり、催告に応じて会費を支払わなければ除名処分されることをも通告すべきであつたし、更には、本件除名処分に先立ち、原告らに対して、処分についての説明をし、弁明の機会を与えるべきであつた。
ところが、被告は、原告らに対し、右のような適正な手続を経ずしていきなり本件処分をしたものである。
なお、甲事件原告が、本件除名処分の通知を受けた直後に、前記滞納会費を持参したにもかかわらず、被告は、何ら弁明の機会を与えることなく右会費の受領を拒否した。
五 再抗弁
1 ゴルフクラブ会員は、当該ゴルフ場施設の優先利用権及び低料金利用権が実現されることの対価として、会費の納入義務を負つているものである。
そうである以上、会費の未納といつた程度の行為に対しては、優先的施設利用権等の停止のごとき処分が妥当であり、資格喪失までも認める前記規約は、信義則に反して無効である。
2 (権利の濫用)
ゴルフクラブの会費の性格が右のとおりであるところ、被告経営のゴルフ場の規模(一八ホール)のもとでの適正会員数はせいぜい一二〇〇名程度であるのに、本件クラブは昭和四三年九月二一日の開場時以来四〇〇〇名もの会員を有し、加えて、非会員(ビジター)のプレイ申込みに対し無制限に応じてきたため、会員の優先利用が困難となり、現に、甲事件原告も昭和五五年春、秋に何度も申込をしたにもかかわらず、プレイをすることができなかつたのであり、原告らの会費滞納は、右のごとき被告の営業方針に対する当然の対抗策である。
また、被告は、昭和五八年一月、原告らを含む一八か月以上の会費未納会員約五〇〇名に対し一挙に資格喪失処分をし、その後、同年二月ころ、会員権譲渡に伴なう名義書換料を三〇万円から二〇〇万円に引き上げて実質上名義書換拒否を図り、同年五月ころ、名義書換料五〇万円及び預託金六〇〇万円と変更した。
このような被告の一連の行為は、会員減らしの方策であることは明白である。すなわち、被告は、開場当初、経営状態が苦しいため多数の会員を募つて巨額の資金を集めてやりくりしていたが、経営が安定した現在では、手の平を返すように会員減らしにやつきとなつている。
以上の諸事情に照らすと、被告の原告らに対する本件各解除は、権利の濫用である。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1の内、会費の性格についての一般論は認めるが、その余は争う。
多くのゴルフクラブは、規約において三か月以上の会費を滞納したときは除名されることがあるとしており、長期の会費滞納は除名事由たりうるというのがゴルファーの常識である。
2 再抗弁2のうち、前段は否認しまたは争い、権利濫用に該たるとする点も争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1、2及び抗弁4の各事実(いわゆる預託金会員制のゴルフ場を経営する被告会社との間で、原告らがそれぞれいわゆるゴルフクラブ入会契約を締結していたところ、被告が、原告らそれぞれに対して除名通知、すなわち、右入会契約を解除する旨の意思表示をしたこと。)は、各当事者間に争いがない。
そこで、右の各除名(解除)の効力について検討することとする。なお、本件各入会契約は、<証拠>によれば、いわゆる預託金会員制のゴルフクラブ入会契約に一般的にみられるとおり、原告らがそれぞれ、被告に対し、所定の入会金を預託したうえ所定の会費を納入する義務を負う反面、被告経営のゴルフ場施設を非会員よりも優先的かつ低料金で利用できるなどの権利を有するという継続的契約関係を成立せしめるものであることが認められる。
二1 抗弁1のうち、本件各入会契約に際して被告から原告らに対して交付された「規約」中に、会員は被告に対して所定の会費を納入すべく、これを一八か月分以上引続き滞納したときは、被告において除名することができる、との定めがあることは各当事者間に争いがなく、その余の事実(原告らがそれぞれ、右「規約」を承認して本件入会契約を締結したこと、また、右会費につき毎年一二月末日限り翌年度分を先払いするとの支払方法を黙示に承諾していたこと。)は、原告らにおいて明らかに争わないところであるから、これをそれぞれ自白したものとみなす。
なお、右の会費支払義務は、入会金支払義務と並んで、原告ら会員が被告に対して負担する基本的義務であるから、その会費支払を一八か月以上怠つたことを契約の解除事由とする旨の約款は、信義則に反するとはいえず、有効というべきであり、この点に関する原告らの主張(再抗弁1)は採用できない。
2 <証拠>によれば、被告は、本件各解除に先立ち、甲事件原告に対しては、昭和五五年一二月三日ころ、昭和五六年二月二〇日ころ、同年五月下旬及び同年一〇月中旬にそれぞれ昭和五六年度分の会費一万八〇〇〇円(この額については争いがない。)の支払を、同年一二月一〇日ころ、昭和五七年二月二〇日ころ、同年七月一〇日ころ及び同年一二月下旬ころにそれぞれ昭和五六、五七年度分会費計三万六〇〇〇円(この額についても争いがない。)の支払をそれぞれ催告したこと、乙事件原告に対しては、昭和五四ないし五六年度分会費(一年度分が一万八〇〇〇円―この額については争いがない。)について、いずれも当該年度の前年の一二月ころ並びに各支払期日の到来後滞納分を一括して、昭和五四、五五年は毎年三月ころ、五月ころ及び一二月ころに、昭和五六、五七年は甲事件原告に対すると同時期に、それぞれ支払の催告をしたことが認められ右認定を覆すに足りる証拠はない。
もつとも、前掲各証拠によれば、右各時期に被告が原告らに対して送付した会費請求書には、支払を怠つたときは入会契約を解除するないし除名する旨の警告文言は記載されていなかつたことが認められるけれども、前記認定のとおり、一八か月分以上の会費滞納が解除事由となることは規約上明言されているところであるから、あえて右の旨の記載をして原告らに弁解等の機会を与えることをしなくとも、解除の前提としての催告として何らの違法もないというべきであり、この点に関する原告らの主張は採用できない。
なお、甲事件原告は、解除後速やかに滞納年会費二年分三万六〇〇〇円の提供をしたにもかかわらず、被告においてその受領を拒否し、何らの弁明も許されなかつた旨主張するけれども、解除後の提供は、原則として解除の効力を左右するものではないというべきであり、右の点をもつて本件解除手続の違法をいうことはできない。
3 以上のとおり、被告の原告らに対する本件各解除は、約款所定の解除事由に基づき適法な催告の手続を経てなされたものというべきである。
三1 もつとも、前記会費は、ゴルフ場施設を会員として利用(優先利用、低料金利用等)することができることの対価としての性格を有する(この点は当事者間に争いがない。)から、会員による利用が正当な理由もなく著しく制限を受ける場合には、信義則上会費の支払を拒絶できる場合もあり得るというべきであつて、このように会費支払拒絶が適法視できるときは、その不払を理由とする解除は無効に帰するものというべきである。
2 そこで、右の点をみるに、<証拠>によれば、甲事件原告は、昭和五十五、六年頃の二年間位の春、秋に計五、六回にわたり被告に対し日曜日のプレーをその約二、三週間前ころ申し込んだことがあるが、いずれも満杯を理由に断わられたこと、被告経営のゴルフ場の規模は、本コースがアウト及びイン各九ホール合計一八ホール、これに加えて昭和五三年六月開設のミニコースが九ホールであるところ、一般に、一八ホールのゴルフ場の適正会員数(会員全員が月一回日曜日にプレーするとして、スムースにエントリーできる会員数の上限)は一〇〇〇ないし一二〇〇名程度であるとされているのに、本件クラブの会員数は、昭和四三年九月の開場時で約四〇〇〇名、昭和五八年一月の本件解除の直前には約四四〇〇名であつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、なるほど、本件当時、適正数の約3.5ないし四倍、ミニコースを加えても約2.5倍ものゴルフ会員を擁していたことになり、シーズン中の日曜、休日の利用にかなりの困難を伴うであろうことは推察に難くないけれども、他方、証人藤井忠雄の証言によれば、シーズン中でも、平日はもとより、日曜、休日でも、電話による場合、少なくともそれなりに早期に申し込むか、クラブハウスに直接出頭して申し込めば、その利用が可能であつたことを認めうるから、前記事情だけでは、原告らの会費不払を正当づける理由とはなし難い。(なお、乙事件原告については、そもそも、どのような不満足があつたのか証拠がない)。他に、本件全証拠を精査してみても、信義則上原告らの会費不払を正当化しうる程に本件ゴルフ場の利用が著しく制限されていたことを認めるに足りる証拠はない。
なお、<証拠>によれば、被告は、昭和五七年まで、非会員のプレー申込みについて、平日においては、会員の紹介がありさえすれば、その同伴がなくともこれに応じていたことが認められるけれども、平日のことであるし、成立に争いのない甲第四号証によれば、当時における被告経営のゴルフ場利用者の内訳は、会員、非会員ほぼ半々であつたことが認められるから、この点を併せ考えると、会員の優先的利用権が阻害されていたとは到底いうに足りない。
四再抗弁2の後段の各事実が認められるとして、これらに、これまでに述べて来た諸事情を併せても、<証拠>によれば、原告らは被告に対して利用が困難であるから会費を支払わないと意見表明していた訳でもないし、被告としても、会費二年分以上未納の会員を形式的一律全員除名したものであることが認められるから、本件各解除が権利の濫用であるというには足りず、他に、右濫用を認めるに足りる証拠はない。
五叙上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないので棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(牧山市治 貝阿彌誠 柴谷晃)